君に任せてから。
生来(といっても、まだ15年の時間を重ねただけなのだが)頑固な息子が不登校になり、1年と10か月がほどが経過した。
当初は残念な気持ちと後悔と心配でため息しか出てこなかった母=Kafuuである。
息子に幸あれ!と心から念じても願っても
思い描くような展開に進まないのが母=Kafuuの子育てであった。
では思うような展開になるだろうとは思い描かなければ良い!
と、考えを改め、
この一年間は息子を定点観察する位置で眺めてきた。
ああも、こうも言いたいことは山ほどあるが、どうにも息子の堅い心には浸透していかないので、これだけは、という思いで↓のような話を投げておいた。
ニュージーランドの小学生には教科書が無い。
学校では子供が各自やってみたいこと、調べてみたいこと、興味があることを自由に行い、教師は生徒の探求心をサポートする。だから教科単元は生徒の数だけあるという。あくまでも学習者中心のカリキュラム。目指すべき人間像は【自信を持ち、他者と繋がり、能動的に活動する生涯にわたる学習者】だと掲げられている。
生徒それぞれの強みや弱点、関心、固有の社会文化的価値観や世界観(アイデンティティ、言語、文化)を学習に反映されるよう配慮されており、評価は生徒それぞれの学びに焦点化する方法がとられている。
日本の教育の定義とニュージーランドでは明らかに異なる。
日本の義務教育とは、教える立場の者が生徒を教え導くもの。
ニュージーランドにおいての教育とはあくまでも学習者主体であり、個々の興味分野を発展させていこうというもの。
え?魅力的だって?
ところで。君が能動的に活動し生涯にわたって学習していきたい分野って、なに?
と、息子に問えば
「あるよ」
意外にも即答。じゃ、そっちへ進む道しるべはありそうだね。がんばれ。
そして約一年が経過した・・・。
生来の頑固さで息子は我が道を行くと決めた。
中学生活には戻らなかった。
家事労働を受け持ち生活者の術を身につけてていった。
ゴミ出しをし、ご近所と挨拶を交わし、買い物をした。
わずかだが自学を進め、学校の定期テストを受けた。
興味を持った分野の関連書籍はどんどん増えた。
夏休み明けからは週に何度か職員室を訪問し、
提出物のやり取りと進路についての面談を重ねてきた。
修学旅行には参加しなかった。
進路指導の先生が自前のカメラで撮影してくださった写真で生徒手帳を発行してくれて、そのおかげで学割で映画を観に行けるようになったとたいそう喜んでいた。
一本の映画を吟味し鑑賞。
学校に行かない不登校児。
しかし学校から離れてしまえばその言葉は当てはまらないほどの朗らかさ。
息子のこれから先の人生の上で
「オレ、中坊んときヤンキーだったんだぁ」ってノリと同様の朗らかさで
不登校をカミングアウトできる時代がやってくるといい。
4月になれば、息子はこの家を離れることが決まっている。
不登校児の母=Kafuuも、別の暖簾にすげ替えを検討せねばならないだろう。