kafuu(カフー)の意味は、良いこと、幸運、ラッキー、吉報。息子の不登校をカフーに結び付けたい母は今日もガタガタ道でみつけた、ちっさいラッキーを記します!

Kafuu、不登校児の母となる

不登校を決めた息子を見守る母=Kafuuのa-ha!体験記です。

そうか。8年を経たんだね。

 

 

 

 

 震災から8年

生来(といってもまだ14年の時間しか重ねていないわけだが)、心に繊細な部位があると評されてきた息子である。しかし一方で母=kafuuは、君の強さを確かに感じながら過ごしている。

8年前の3月もそうだった。余震の合間に君を一人家に残して給油に向かった。海辺の街に住む婆ちゃんに何らかの危機が迫っていたら助けに行くつもりだった。帰宅すると君はテレビの前に仁王立ちになり、「おさえていたの」と言ったね。スコップが足元に準備されていた。君なりの配慮だったのだろうね。たのもしかった。画面には押し寄せる津波の映像が繰り返し流れていた。

 

夜になると、自宅がある山の稜線の向こう側の街が真っ暗になっていた。その晩は父ちゃんの誕生日を祝うつもりでいたのだが、それどころではなくなった。電車が止まり主賓が帰宅できなくなった。母=kafuuは握り飯を出来るだけ作り、キャンプ道具を引っ張り出し、見えない明日に備えた。

米やトイレットペーパーが本当に店頭から消えた。君の門出にお赤飯を作ってあげたかったのだが材料が調達できなかった。ママ友が餅米を分けてくれた。ありがたかった。日に何度も地面は揺さぶられた。全てが自粛モードに傾く中で、幼い君の成長をきちんと祝えたら、その小さな手が将来誰かを支えられる強さを宿すかもしれないと漠然と思った。

そして迎えた小学校入学の日。教室に準備された初めての君の教科書。そこに添えられていた文章が忘れられない。当時の内閣総理大臣菅直人氏によるものだ。後に原発対応について、いろいろと悪評が勝る菅氏だが、このメッセージは美しく、今ふうにいえば強烈に【刺さった】。

 

 教科書に添えられたメッセージ

新学期(しんがっき)を迎(むか)えるみなさんへ


  みなさん、入学(にゅうがく)、進級(しんきゅう)おめでとうございます。
 
 この4月(がつ)から、また新(あたら)しいお友達(ともだち)をたくさん作(つく)ってください。


 みなさんは、この4月(がつ)、希望(きぼう)に満(み)ちた春(はる)を迎(むか)えるはずでした。

 しかし、この春(はる)は、私(わたし)たちにとって、とてもつらい春(はる)になってしまいました。

 ご存(ぞん)じのように、3月(がつ)11日(にち)、あの大地震(おおじしん)と津波(つなみ)が日本(にほん)をおそったのです。みなさんの中(なか)にも、ご家族(かぞく)を亡(な)くされたり、あるいはいまも避難所(ひなんじょ)から学校(がっこう)に通(かよ)ったりしている人(ひと)たちがいることでしょう。

 避難所(ひなんじょ)の中(なか)では、みなさんがお手伝(てつだ)いをしたり、お年寄(としよ)りや身体(からだ)の不自由(ふじゆう)な人(ひと)を助(たす)けて、掃除(そうじ)をしたり、食事(しょくじ)の準備(じゅんび)をしたりしてくれているという話(はなし)をたくさん聞(き)きました。本当(ほんとう)にありがとう。

 いま、みなさんは、すべての悲(かな)しみや不安(ふあん)から逃(のが)れることはできないかもしれません。
でも、みなさんは、けっして一人(ひとり)ではありません。どうか、先生(せんせい)やお友(とも)達(だち)と助(たす)け合(あ)って、一日(いちにち)も早(はや)く、みんなが楽(たの)しく安心(あんしん)して学(まな)び、遊(あそ)べる学校(がっこう)を取(と)り戻(もど)しましょう。私(わたし)たちも全力(ぜんりょく)で、みなさんと一緒(いっしょ)にがんばります。

 

 災害(さいがい)にあわなかった地域(ちいき)の児童(じどう)のみなさんにも、お願(ねが)いがあります。

 どうか、みなさんの学校(がっこう)にやってくる、避難(ひなん)してきた仲間(なかま)たちを温(あたた)かく迎(むか)えてあげてください。すぐ近(ちか)くに、そういったお友(とも)達(だち)がいなくても、遠(とお)く離(はな)れて不自由(ふじゆう)な生活(せいかつ)をしている子(こ)どもたち、あるいは、この震災(しんさい)で亡(な)くなり、進学(しんがく)、進級(しんきゅう)を果(は)たせなかった子(こ)どもたちのことも、同(おな)じ仲間(なかま)だと思(おも)って、祈(いの)りとはげましの声(こえ)をあげてください。

 小(ちい)さなみなさんも、節電(せつでん)をしたり、おこづかいを貯(た)めて募金(ぼきん)をしたりしてくれているという話(はなし)もたくさん聞(き)きました。そして、私(わたし)たちはとても誇(ほこ)らしい気持(きも)ちになりました。みなさんのその思(おも)いやりがあれば、日本(にほん)はきっと、もっともっと素晴(すば)らしい国(くに)になって、もう一度(いちど)立(た)ち上(あ)がります。


 もっとも被害(ひがい)の大(おお)きかった東北(とうほく)地方(ちほう)にも、もうすぐ春(はる)が訪(おとず)れます。

 みなさんは、「桜(さくら)前線(ぜんせん)」という言葉(ことば)を、先生(せんせい)からもう習(なら)いましたか?桜(さくら)の花(はな)が開(ひら)く日(ひ)を線(せん)で結(むす)んだものです。

 日本(にほん)の国土(こくど)は縦(たて)に細長(ほそなが)いために、沖縄(おきなわ)では例年(れいねん)1月(がつ)上旬(じょうじゅん)に開花(かいか)宣言(せんげん)が行(おこな)われ、その桜(さくら)前線(ぜんせん)は、約(やく)半年(はんとし)をかけて、5月(がつ)の下旬(げじゅん)に北海道(ほっかいどう)の北端(ほくたん)に到(とう)達(たつ)します。自然(しぜん)がおりなす、素晴(すば)らしい命(いのち)のリレーです。

 自然(しぜん)は、今回(こんかい)の地震(じしん)や津波(つなみ)のように、時(とき)に、私(わたし)たちに厳(きび)しい試練(しれん)を与(あた)えます。しかし桜(さくら)前線(ぜんせん)のように、私(わたし)たちをやさしく包(つつ)んでくれるのも、また自然(しぜん)の力(ちから)です。

 みなさんも、どうか、思(おも)いやりのリレーのバトンを、被害(ひがい)を受(う)けた地域(ちいき)の仲間(なかま)に届(とど)けてください。電車(でんしゃ)の中(なか)でお年寄(としよ)りに席(せき)を譲(ゆず)ること、身体(からだ)の不自由(ふじゆう)な方(かた)たちの手助(てだす)けをすること。そうした身近(みぢか)な人(ひと)への思(おも)いやりが、きっと少(すこ)しずつ広(ひろ)がって、桜(さくら)前線(ぜんせん)と一緒(いっしょ)に、被災地(ひさいち)に届(とど)くことでしょう。

 この思(おも)いやりのバトンは、世界中(せかいじゅう)からも届(とど)けられました。世界中(せかいじゅう)から、救助(きゅうじょ)の人(ひと)が来(き)てくれたり、支援(しえん)の品(しな)が届(とど)けられたりしました。みなさんも、たくさん勉強(べんきょう)をして、今度(こんど)は、このバトンを世界中(せかいじゅう)の困(こま)っている人(ひと)たちに返(かえ)してあげられるような大人(おとな)になってください。

 原子力(げんしりょく)発電所(はつでんしょ)の事故(じこ)に対(たい)して、危険(きけん)をかえりみずに立(た)ち向(む)かう消防士(しょうぼうし)さんや自衛官(じえいかん)、電力(でんりょく)会社(がいしゃ)の人(ひと)たちの姿(すがた)。各地(かくち)の被災地(ひさいち)で救命(きゅうめい)救急(きゅうきゅう)活動(かつどう)に当(あ)たった警察官(けいさつかん)やお医者(いしゃ)さん、看護(かんご)師(し)さん、そして何(なに)より、本当(ほんとう)に命(いのち)がけでみなさんを守(まも)ってくれた学校(がっこう)の先生(せんせい)たちの姿(すがた)を忘(わす)れないでください。みなさんも、もっともっと身(か)体(らだ)を鍛(きた)え、判断力(はんだんりょく)を養(やしな)い、やさしい心(こころ)を育(はぐく)んで、他人(たにん)のために働(はたら)ける人(ひと)になってください。


 私(わたし)たちも、全国(ぜんこく)の学校(がっこう)の先生方(せんせいがた)も、みなさんが笑顔(えがお)で登校(とうこう)できるように、全力(ぜんりょく)でみなさんを支(ささ)えます。日本(にほん)の未(み)来(らい)は、みなさんにかかっています。みなさんの明(あか)るい笑顔(えがお)で、日本(にほん)を元気(げんき)にしてください。

 

内閣総理大臣  菅   直人

文部科学大臣  髙木 義明

 

 

 

 君が受け取るものは

あれからの時間は忙しくスルスルと過ぎた。

そうか。君が義務教育の過程に入ってからもう、8年経つのか。同時に、あと1年を不登校ですごしたとしても中学校を卒業してしまう、ということだ。

そこで母=kafuuから提案がある。義務教育最後の年の教科書は、自分で学校から持ち帰ってみてはどうだろう。あの日から前に前にと進み続けている町、石巻で作られた紙が使用されている教科書があることだろう。パルプから紙、印刷、製本を経て君に辿り着く教科書は、どの工程も誰かの手から手へとリレーされている。それをいよいよ君が手にすることは、学科の内容に匹敵する価値があることだと思うのだ。考えておいて欲しい。

  機会があったら読んでみてほしい本を記しておく。君は読まないかもしれないが。