そうだ!しゃくりあげて泣いてみよう。付き合うから。
生来(と、いってもまだ14年しか重ねていない人生なのだが)
納得しないと行動に移さない息子の頑固ぶりは、ほんの小さな赤ん坊の頃からズバ抜けていたように思う。
あれは君が誕生した日のこと。
小さな舌先を震わせて泣きまくり、母乳を吐きまくる君は、嘔吐症と診断されて保育器の中に入ってしまった。
へその緒につながれ栄養を摂取する環境がよほど気に入っていたのだろう。仕方ない。
母=Kafuuは、そう感じていた。ちっさなお手てを握りしめ、真っ赤なしわくちゃの顔をして、怒るように泣きまくる様子はすでに何かと戦っているように見え、頼もしくもあった。
義父は初孫の危機を感じて私に言った。
「あんたの乳首の玉っころがデカすぎて母乳が飲めないと怒っているに違いない!可哀そうに…なんとかならないのか…」
それを聞いて慌てた夫はすぐに産院を飛び出して、搾乳機と直母乳を授乳する際に付けるシリコン製の乳首を買ってきたのだが。
…この話は君の誕生を語る上で笑うに笑えない伝説となっている…。
その後の君は、やはり直母乳も粉ミルクも好みではなく、
私は修行のように母乳を搾乳し、義父は初孫をかき抱き哺乳瓶で授乳する時間を愛しんだ。
君が不登校になってからお世話になっている臨床心理士の先生に、乳幼児の頃の抱っこの仕方を聞かれたことで、いろいろな記憶が蘇ってきた。
とにかく日々泣きまくるので、抱っこは抱きしめるようにギュッっとしていた。
頭は左向きにしないと寝なかった。
家の中よりも外の空気にあたることを好んでいたように思う。
夜泣きの日、君を抱きしめて歩いた早朝の川べりで、向こうからやはり夜泣きの子を抱いた若い母親がやってきてお互い無言で挨拶を交わしたことがあったっけ…。
少しずつ君との時間を重ねて母=Kafuuも、君の母としての修行をしてきた。
その後、小学校5年になるまで続いた夜泣きパターンに対しては、日中の君の我慢を昇華するのに必要な時間だったはずだと信じ、ひたすら身体をさすり時に抱きしめて過ごした。
今、あの時のように泣かなくなったのは、どうしてなんだい?
そうか!わかった!日々が安心で満たされているからなのか?
でもね、今度君が泣くときは母=Kafuuもお供したいと考えている。
横隔膜をケイレンさせてしゃくりあげるまで、思い切り泣いてみたいと考えているのだが、どうだろうか。